代表・宮澤時浩のはなし

story

 28年前私は東京での塗装の仕事をしていました。
高層ビルが立ち並ぶ東京は空気が悪く、排気ガスが充満していました。
光化学スモック発令により、晴れの日でも車の窓を閉めていたくらいです。

 ある時、私は岐阜にある妻の実家に行く事になりました。高速を下って、実家に着き、車から降りた瞬間、肺がとてもきれいになりました。
「なんて空気が美味しいのだろうか?」私はいつかこういう所に住んでみたいと思いました。

 数年後私は塗装業を営む父の跡を継ぎました。
しかし、父と反りが合わず、父の事業から独立しようと思いました。
また、どうせ仕事をするのなら空気の美味しい所でしようと思いました。
そこで数年前に訪れた妻の故郷に移り住もうと決心いたしました。
 初めてここ岐阜県土岐市に来たとき、本当に仕事ができるのか不安でした。
しかし、妻をはじめ周りの人達が私を支えてくれました。その結果、今の私がいます。

 また、私は少しでも環境に良い塗料が無いか模索していました。
パソコンの無い時代でしたので、情報を得られにくかったのですが、幸運にも自然塗料を扱うドイツの「オスモカラー」に出会いました。
当時はエコなど騒がれていない時代でしたが、岐阜県でいち早くオスモマイスターの第一人者となり、現在も自然に優しい塗料を使っています。